地域発「活力・発展・安心」デザイン実践交流会

 2月25日・26日と実践交流会に参加しました。  心に残った基調提案を紹介します。

      地域と共に育ち、輝く高校生 ~県立国東高校JRC(青年赤十字)の活動から~ 

高校生活3年間のクラブ活動JRCで、地域に溶け込むボランティアを通して高校生たちが感じた声に感動しました。いくつか紹介します。

・自分の好きなところを見つけられるようになった。
・弱い自分を支えてくれる人たちがいた。
・どこにでも飛び込勇気を持てた。
・満たされた日々が過ぎていた。
・一つ一つの活動が自分を変えた。
・恥ずかしがらなくなった。
・相手の「ありがとう」に喜びを感じた。
・もっと、もっと多くの人と関わり、人を分かりたいと思った。
・人と繋がって、成長できた。
・満足の感動があった。
・恩返しがしたいと思った。

高校3年生の口々から出た言葉は、「大学に行っても、国東に戻って国東のために恩返しをしたい」感動で、目頭が熱くなりました。
導かれた浅野先生、たくさんの感動ありがとう!

私が、恩返したいと気づいたのは、50歳を過ぎてからです。国東高校のこの場にいた子供たちは、18歳にして恩返しに気づいています。大人は、もっと自分に向き合い、そこに気づく必要があります。みんなで頑張りましょう!

 

 

                                       

 

おでかけ市長室に参加しました。

2月14日、おでかけ市長室に参加しました。
テーマは子育てす。私は、病気を持つ子どもの親御さんの電話相談・ピュアカウ
ンセリングをしております。発達障害のお子さんの支援は行政でも進みましたが、
親御さんの支援はまだまだ不十分です。発達障害のお子さんの環境を整えるのは、
親御さんのメンタルケアだと思います。
そのような思いを釘宮市長に直接伝えることができました。
行政と市民団体で、手に手を取り合って子どもたちの環境を整える必要があると
信じています。

娘が結婚します

10歳の時にメザンギュウム増殖型腎炎と診断された娘が結婚します。

発病当初、あの子に社会生活・結婚が来るとは、想像できませんでした。親として、辛く厳しいものでした。

私は、この子の顔を見れば体温がわかるぐらいに、当時二人三脚で過ごしておりました。ですので、県外での娘の大学生活は、心配で心配でしかたなっかた。しかし、彼女は大学院、就職と自力で生き抜いて見事に成長しました。

ここまで、成長してくれた娘に感謝です。私は娘に出会えて、喜びを知り、愛すること、信じることを学びました。

娘にありがとうとおめでとうを伝えました。

お婿さん、本当にありがとう!

私たち親子が癒された絵

私の第一子は、メザンギュウム増殖型腎炎を10歳の時に発病し、大分県で初めてと告知され、治療法も手探り状態で、親として子どもの将来に希望を持てず、とても苦しい時期でした。ステロイドによるムーンフェイス、いろんな薬の副作用を、横で見ていてどれだけ泣いただろうか。変わってやれないから苦しい。ただただ子どもの未来を祈り続けた。その祈りが天に通じたのか、子どもに奇跡が起こり退院ができた。しかし、子どもは、笑うことを忘れ読書家となっていました。ある日、書店に子どもと行きますとハワイの本が目に留まり、私は、瞬時に「子どもをハワイに連れ行こう」と決心する。それは、笑いを失った子どもに何らかの希望を持って生きていってほしかったから。

当時働いていた会社に「子どもを連れハワイに行くので、退社します」と。しかし、会社は1ヶ月の休暇をくれました。感謝でした。本当に有難かったです。

私と病気の子どもと、第二子で、ハワイに転地治療と旅たちました。

この絵は、その時のハワイ旅行で、出会いました。ワイキキのあるギャラリーに掛けられていたこの絵は、私たち親子に光をくれました。夕日を背に遊ぶイルカが、いつの日か私たちもあのようになれたらいいねと・・・・・・・。ハワイの画家でワイランドです。この絵を暗室で、光の照度を変えて見れば朝日から夕日また四季を感じることができます。絵画がこんなにも心を癒し、力をくれるものだとは、知らず大変感激しまして、購入しました。

今年の夏は、別府の光の園に貸し出します。

人権啓発研究集会inくまもと

2月2日、3日と「人権啓発研究集会inくまもとに」に参加しました。

2月2日    1部 「水俣病から現代社会を考える」  原田 正純氏 (前熊本学園大学教授)

        2部 「私たちがめざす社会とは ~誰もが安心して暮らせる社会をめざして~                    鎌田  實氏(医師・作家) 

2月3日    1部  より豊かな社会のために自分ができること  Unbaba 中野氏

         2部  ハンセン病をめぐる人権  ~次世代に伝えること~  中 修一氏

         3部  宗教者として狭山闘争をおこなう中で気づいたこと  磯田 浩隆氏

 とてもハードなスケジュールでした。活字で学ぶのと、現場の声は、臨場感があって、厳しく染み入るものとなりました。水俣病、ハンセン病、狭山事件、自分と置き換えて考えてみてください。いつになれば、みんなが安心して暮らせるようになるのでしょうか?

鎌田 實さんの行き方に学ぶものがたくさんありました。だから、このような研修会に参加して、学び続けたいです。自分に思い上がることなく、謙虚に自分らしく生きたいと思います。

 

                                                                                                                                                                                                                                

 

大湾 昇さんの講演会に参加しました。

私は、人権講師をしております。自分に過信なきように、人権講演会には、時間が許す限り、参加させていただいて、学ばせてもらっております。

大湾さんも大好きな講師のひとりです。とても勉強になります。市報で、この講演会を知った時、すぐに手帳で、スケジュールの確認。「ラッキー!行ける!」と楽しみに行って参りました。

人権を考える講演会  演題  「出会いと表現」   明るく元気に語られる大湾さんがいいです。皆さん、機会があれば、是非ご参加ください。

講演で、一人の少女のお話が語られました。それは、6歳まで、虐待に遭い、それからは学校でのいじめに遭っています。この当事者の少女が、私のことを大湾さんに話してほしいと・・・・私のような子のためにと・・・・・私は、胸が詰まりました。参加者の中にも涙されている方々もいらっしゃいました。

私も、父の暴言、母のネグレクトに怯え育ちました。大人の顔色に一喜一憂する毎日を送った体験を持つ私にとって、この少女のお話は、人事ではありませんでした。私の体験は、フラッシュバックし、その時の恐怖が戻ってまいりました。辛いです。私は、今私自身のこの時の体験を講演会で語ります。それは、この少女と一緒で、このよう境遇の子どもたちをひとりでも減っていていただきたいのです。

体験を語るのに、勇気が必要でした。声が詰まり、涙が流れます。けれども、いま、その恐怖に恐れおののく子どもたちのため語ります。私がこの体験を乗り越えるのに、50年罹りました。

どうぞ、一緒に考えてください。

医療と人権 公開講座 最終日迎える

1月8日 医療と人権公開講座3回の講座を無事終えました。

テーマ 「薬害の再発防止」 -被害者の一人としてー  薬事法は誰のためにあるのか    講師  坂田 和江さん (薬害C型肝炎元原告)

ビデオとパワーポイントを使って一般の方にも理解していただけるよう分かり易い講演をして頂きました。

私も薬害肝炎の元原告として、ひとつひとつの出来事を噛み締めながら再確認しました。

薬害は薬事行政の整備で、防ぐことが、出来た筈です。人災と言っても言い過ぎではないでしょう。危険性に早く着手していれば、蔓延を防げたはず、人の命を犠牲にしなければ、薬事法は変わらないのかと・・・・・しかし、今なお変わらないのが、現実です。皆さん一緒に考えてください。

講演会終了後、何人かの参加者の方々に「今度はいつ講演会しますか」「もっと聞きたいです」と声を掛けて頂きました。参加者の集客には、頑張ったつもりでしたが、とても少なかったのです。しかし、参加された方の声は、このような活動を今からも展開しなければいけないと再確認させていただきました。

私にとって、参加してくださって方々の声は大切なものです。私に勇気をもたらし、成長の種をくださいます。次回活動のに繋がるよう頑張ります。

参加者のみなさん、本当に皆さんありがとうございました。

 

                                            

 

1月8日 医療と人権 公開講座

  日 時     1 月 8 日 日曜日  1 時 30 分~

  場 所     アイネス  2 階  大分市東春日 1-1   ℡ 097-534-4034

  テーマ     「薬害の再発防止」 被害者の一人として  ー薬事法は誰のためにあるかー

 講 師     坂田 和江氏   薬害C型肝炎原告  厚生科学審議会医薬品等制度改正検討部会委員

 

私は、1987年1月第1子出産時、大量出血のため、止血剤のフイブリノゲン投与によって、C型肝炎に感染しました。自分が感染しなければ、薬害にも触れることはなかったのですが、この事実を知って、なぜこのようなことが起きたのか、他の薬害はと疑問が募りました。日本には、スモン、HIV 、サリドマイド、薬害C型肝炎等々。今、肺がんの抗がん剤のイレッサが法廷で争われています。なぜ、薬害は終わらないのか、皆様に知っていただきたく今回の公開講座を主催しました。

当事者として、薬害C型肝炎がどのようなものであったか、お知らせします。

私が投与されたフイブリノゲンという薬はアメリカで製造され、売血から作られていました。したがって、その中にひとりでもC型肝炎感染者がいましたら、感染するものでした。ですので、私も感染しました。この危険性をアメリカでは察知し、1977年に使用停止となりましたが、日本では使い続けられ、私も1987年に感染しました。みなさん、この現実をどう思われますか?日本の医薬品に対する体制が整備されていれば、起こることはなっかたでしょう。

どうか、人事と思わす、私たちと共に考えてください。私は1987年1月24日、元気な子どもを産みたっかただけです。この危険性は、当時出産される方々だれにでも傍にあったのです。

現在は、この薬は、検査・スクリーニングが進み、大丈夫です。

今回の講演会は、薬害再発防止で活躍されている坂田和江さんをお招きしています。

将来、日本を背負う子どもたちのため、薬害について、一緒に考えませんか?                                                                               

                                       

あけましておめでとうございます

昨年は、私にとって充実した1年を過ごさせていただき有難い限りです。

平成22年5月にNPO法人共に生きるをスタートし、22年は訳も分からず過ごし、県の方々・NPO法人の先輩方にお尋ねしながら過ごし、昨年23年は自分が何をしたいかを模索しながら自分らしい「共に生きる」の活動が、皆様の支援を頂いて可能になりました。

NPO法人を設立するきっかけは、3人の子供たちの闘病生活です。第1子は、10歳の時にメザンギュム増殖型腎炎、第2子は、11歳の時にアレルギー性血管性紫斑病、第3子は、生後4ヶ月で、くも膜下血腫と相次ぐ病で、ただただ子供の健康を祈りました。私自信もその時の現実を受け入れるのは、辛いもので、病気にしてしまったと自分を責めました。しかし、ある時に自分を責めても、その時の状況が変わるわけではない事に気づきました。病気を含めた子供自信を愛して抱きしめようと決心することができました。そして、私は楽になりました。生きていてさえくれれば、いいんだ!と感謝で一杯になりました。この感謝の気持ちの有難さに、いつか社会にお返しができればとNPO法人共に生きるをスタートました。

第1子は発病から18年経過し、第3子も15年が経過し病院とは縁が切れませんが、元気で社会生活を送っています。第2子は早期発見早期治療で大事に至らず、今は元気です。子供たちが生きていてくれることに感謝です。

今年は、「共に生きる」のメンバーの力を結集して、頑張りますので、お付き合いください。

今年も素晴らしい一年になりますよう心からお祈り申し上げます。