私と父

私の88歳の父は、平成24年5月2日から病院に入院しました。

父は、食事も喉を通らず病人になってしまいました。

5月7日、お見舞いに行ったところ、父が私に「すまんかったな、俺は間違っていたかもれん」と

声を振り絞った。私はとっさに「もういいよ、もういいよ、私はおじいさんのこと大好きだよ」と握っていた手を摩った。

私と父の間に、このような時が、来てほしいと願いつつもありえないと思っていました。

私の育った環境は、家の中で、父の感情的な暴言に振り回された。母も姉も私も、父に怯えていた。父自身、自分の感情に振り回されたのでしょう。

いろんな思いはありましたが、私は父の子どもで良かったです。それは、今の自分自身が大好きになれから。自分を好きになるには、長い道のりでしたが、自分を取り戻し、自分らしく生きたいと思えることが、如何に自然か・・・・・・・。

お父さん、ありがとう。

 

私はまた、気づかされました。

2012年5月15日  「きっとできる経営」セミナー 講師:NPO法人大分研究所 加藤千明氏「仕事とは?」と参加者全員に質問されました。私は、生きがい・生きるはりと答えたのです。しかし、参加者の方々は、お金というお答えでした。

私の仕事に対する捕らえ方は、幼少期、否定と暴言の中で育ち自分の生きる意味がわからなかった。短大を卒業し、就職して、上司や仲間に仕事の評価として「ありがとう」と言葉を頂いた時、生きていて良かったんだと心から感じることができました。仕事は私にとってお金ではなく生きる証のようなものになりました。

 

2012年5月16日「スムーズな人間関係づくりのために自分を知り、自分を変える」中小企業支援講座   講師:NPO法人技術サポート大分 吉良 一樹氏

交流分析のエコグラムを通して自我を確認しました。25年ほど前と私は、ほとんど変わっていません。しかし、参加された皆様の私に対する感想は、ほぼ真逆。予想はしていたもののショックでした。

勇気を出して、講座終了後、講師の吉良さんに聞いてみました。

評価の特化した部分を改めるのではなく、評価の低いところを調整するとの事でした。納得しました。特化したところの言い回し、態度、対応に気を配っていたのですが、皆様には、伝えらないのが現実でした。どのように対応すればよいのかちょっと理解できたようで救われました。

 

                                                                           

大分県肝炎対策協議会委員となりました。

1987年、1月24日、第2子出産時、大量出血のため、止血剤とされたフィブリノゲン投与によりC型肝炎に感染した私は、2008年から薬害肝炎原告大分世話人として活動してまいりました。

肝炎対策基本法成立、肝機能等による身体障害者手帳交付と肝炎患者の環境を整えるため活動に参加してまいりました。しかし、肝硬変、肝がんの方々には病気の進行への不安、治療費出費等々まだまだ不十分です。

私は、肝炎を患った者として、この協議会で、患者の立場から患者の代弁者として患者の環境を整えられるよう微力ながら努めたいと思います。

皆様、是非ご協力ください。

 

ウォーキング始めました。

太りに太った私は、55歳にして、臨月の体重を越えてしまい長時間立っていますと足の裏が痛くなっていました。ダイエットしたいと思いつつも、美味しい物は大好きだし・・・・。テレビの通販でお馴染みのレッグマシーンを購入し、一日1分のエクササイズで、痩せられると2月に購入。頑張ってみるものの体重には変化なし。悲しいと思っていたのですが、なんとなんと右ひざの痛みがなくなっているではないですか。大分での生活は車から車の生活で運動不足。東京出張では、歩くので、「痛くなったら、どうしようと」いつも不安でした。この痛みから開放されました。

痛みの緩和に驚き、3月29日から歩いています。

今では、地域の方々のラジオ体操に参加しています。

3キロ痩せました。あまり成果が表われませんが、生活のリズムができまして、楽しいです。

皆様も歩いてみませんか?